FEVER決意表明,その後の後

FEVERオーナー件店長、ブッキング担当の西村と申します。
3/11の地震後、数々の問題と星の数以上の気持ちが交差する中、自分たちがするべき事をするという気持ちだけで行った「あらかじめ決められた恋人たちへ」のワンマン(3/20)がありました。
最初の決意表明以前から今にかけての出来事を感情は入ってしまいますが、基本隠し事は無しでお伝え出来ればと思います。

3/11(金)地震発生。その際に西村はベトナムを旅行中でした。スタッフから「当日のライブが延期」というメールで事の事態を知る。テレビでの様子は基本悲惨な東北の映像と情報のみ。本日帰国予定でしたが成田が閉鎖となり延泊。
3/12(土)成田再可動の連絡入るが、飛行機の定員オーバーで乗れる可能性が低い、とコンダクターから連絡が入る。夕方に延泊を決める。海外メディアは原発中心の報道。
3/13(日)昼前の時点で電気を使うか経済を動かすかの動きがある事を察知。夜の最終便最後の乗客としてにどうにか滑り込み帰国。情報が少ない中、今後の営業方針を考えるが現場に居ないのでリアリティを感じ取れず途中放棄。
3/14(月)朝8:00成田着。バスにて渋谷へ、井の頭にて新代田下車。スムーズに辿り着けたのはラッキーだった。そのままFEVERへ。PCにて情報を再度収集。今後のやり方をほぼ決める。15:00前後、親しいライブハウスのスタッフが顔を出してくれたり電話などで他ライブハウススタッフとも話す。夕方以降下北沢の街を徘徊。決意表明を全面に出したほうが良いと決め発表。<3.14決意表明>
夜には「あらかじめ決められた恋人たちへ」BASS劔さんより電話。関係者と打ち合わせをして「動かないといけない。早いタイミングで」と義援金ライブを決定。この際には電気を一切使わない完全アコースティックをフロアでやる、という話で着地。タイトルや告知文章を池永さんに考えてもらう方向で終了。
3/15(火)原発放射能関係で自宅待機などの可能性が浮上。ライブの発表を一晩待つか?と一括メールにて検討中に池永さんからのメールが。
「いつも通りライブをやりたい」
もちろん長いメールの中には震災に関して、節電に対して、自粛に関して、音楽に関しての熱すぎるメッセージが込められていました。グッときた。決意表明してやろうとしている自分のなかにもあった「ブレ」のようなものが全て吹っ切れた。「やりましょう」と返答。発表は持ち越し。
3/16(水)全ての事が決定。情報解禁19:00で発表。停電地区も多数有り、節電の流れがあるなかでの発表はFEVERもあら恋も勇気がいる行動だったように思う。
3/19(土)発表から良いリアクションが多い中、一通のメールが。
「ライブを行う事は支持する。ただ爆音での開催はどうしたものか?」全く持って正しい意見のメールだった。丁寧にこちらが思って動いている事を返答。今回のライブに関して疑問を感じている連絡がFEVERにあったのはこの一件だけだった。
3/20(日)告知四日目にてライブ開催。
動員の想像がつかなかったのでフロア内にテーブルを数台設置。義援金ボックスはドリンクカウンターに設置。17:00開場。既にお客さんは並んでいた。17:40頃、お客さんでいっぱいになってきたのでテーブルを出来る限り撤去。開演18:00でもお客さんは入りきらなかったので20分押してスタート。約90分の演奏、お客さんは狂喜乱舞していた。鳴り止まないアンコール。アンコール1曲で全てのライブは終了。結果お客さんが入りきらなかったので、義援金ボックスは急遽入り口受付へ移動。興奮冷めやらぬ数多くのお客さんが投げ銭をして帰路へ。
動員333人。
ライブ後、メンバー+関係者で義援金を集計。
義援金¥502,811(投げ銭スタイルで集まった義援金合計です。Ustreamでも義援金を集めていたのでもう少しありますが、アーカイブで増える可能性もあるので詳しい金額は後日確認)
なにか、小さいものかも知れないが、なにかを呈示する事が出来たように思う。もちろんこれで被災者の大多数が救われる訳ではない事は知っている。もしかしたら自慰的な行為だったのかも知れない。間違いではなかったとは言い切れない。ただ、あら恋メンバーやスタッフ、FEVER関係者はもちろん、来て頂いたお客さんほぼ全員が嬉しそうな顔をしていたのが忘れられない。

あらかじめ決められた恋人たちへはあの瞬間、世界で1番カッコ良かったのは断言出来る。

今回集まった義援金はどこへ?という話は現在も検討中。
「どこへ預けるかも決めてなかったのか!」という意見もあら恋側にお客さんから有ったと連絡がありました。本当に申し訳ございません。
現在、仙台在住のJUALALAIとうバンドの熊谷さんと連絡を取り合ってます(3/12FEVER出演予定でしたが公演延期)寄付先が多々あるので、リアルなむこうの方の意見を聞き、自治体に直接寄付が良いのではないか?と思いやりとりをさせて頂いてます。3/23に来たメールを載せます。


FEVER 西村様

お疲れ様です。
お気遣い頂きまして恐縮です。
そしてそのご厚意に感謝いたします。

仙台は先週中頃から急速に復旧していると感じます。
街の飲食店や小規模な商店などだいぶ復旧し、
街の雰囲気も少しずつではありますが
日に日に明るくなってきているような気がします。

相談いただきました件ですが、
震災を受けた東北在住の私たちにとって
大変ありがたいお話です。

私も微力ながら協力させていただき
最善のかたちでご厚意を活かせればと思います。

しかしながら私も色々噂を聞きますが、
支援を受けても、対応しきれずにいる所もあるみたいで、
今のところ透明性の高いところが見分けにくいというのが
現状かと思います。

ですが、復旧もだいぶ進んできておりますので
今月末ぐらいには色々明確になってくるのではと思います。

おそらく被害が大きい沿岸の復旧に携わる団体が
いいのではと思います。

今回大打撃を受けたのはやはり津波に被害を受けたところです。
宮城県内に限っては『気仙沼』『南三陸町』『石巻』といった地域です。
 
私の仕事柄、そうした噂は入ってきやすいので
私もその地域にしぼりリサーチします。

またご連絡差し上げます。

何卒よろしくお願い致します。

JUALALAI 熊谷


熊谷さんとやりとりをして、どこにどう寄付したかは追ってご連絡致します。
もう少しお時間下さい。

無力。絶対的な無力。そう感じている人は沢山いると思う。ベトナムにてテレビの前で何も出来ず、やった事はスタッフのお土産でインスタント麺を買い込んでいる自分は圧倒的な無力を感じていた。「手と手を取り合って」などキレイごとを上げるつもりは正直ない。でも「自分たちがやるべき事をする」しかないとは常に思っている。
FEVERはライブハウス。人々が集まる場所。
あらかじめ決められた恋人たちへはバンド。音楽を奏でる。
お客さんは場所へ行き、音楽を楽しむ。
それしかない。少なくとも俺にはそれしか出来ない。
これで始まった訳でも終わった訳でもない。
今回のライブで震災地の方々に気持ちが届いているかは正直わからない。
でも、いろいろ考え、いろいろ行動し、今後も自分たちがやるべき事をやっていく。

今回の大地震で被災なされた方々には心よりお見舞い申し上げますと共に、
亡くなられた方々には心よりご冥福をお祈り申し上げます。

音楽は私たちの最高の癒しであり、最大の武器。
音楽は世界を救うことが出来る。そう信じて。

FEVER:西村等

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