とりとめのない話

知ってる人もいると思うので書いてしまうが、その昔に下北沢シェルターというライブハウスで働いていた。10年ほど店長兼ブッキングをやらせて頂いて素晴らしい経験だった。現在もその繋がりでFEVERがあると言っても過言ではない。

店長就任から月日が経って、ちょっと困ったことがあった。
どんどんHARDCOREが好きになっているな俺...
でもHARDCOREばかりブッキングするのはお店のカラー的にも色々な問題がある...

そんな悩みがある時に、確かLESS THAN TVのイベントだったと思うがやたらとカッコいいHARDCORE BANDと出会ってしまった。このバンド、歳もそんなに違わなそうだし、兎に角カッコいいからどうにか絡めないかな...と思いながら悶々と日々を過ごした。

そのバンド名はBREAKfAST
現在も活動中の日本が誇るスケボーをこよなく愛する4人組。

話すきっかけは忘れてしまった。ただ、Bfのベーシストがやたらと腰が低く、自分が思う「HARDCOREなバンドとライブハウスがちゃんとコミニケーションとれる常識人」という印象で、その読みは当たっていた。
(他メンバーが怖い、話ができない、と言う訳ではない。オフステージは気さくないいあんちゃんである)
そのベーシストがライブをしにきたり来店する度に会釈程度が話せるようになっていき、歳が一緒だったことが判明。スタッフが仲良くなったこともあり急激に距離感が近くなり、名物イベントである「BREAK ME FAST」を何度もやってくれた。

Bfはその当時、この界隈では最強だったと思う。HARDCOREとしてのカテゴリーでなく、BANDとして群を抜いてのカッコ良さがあった。自分も少なからず下北沢にいてスケボーをかじっていた人間としては「バイオレントグラインド」という曲があることや(名店、Bfでは名曲)スケートカルチャーとクロスオーバーするバンド感など全てがカッコ良かった。

その中でも「常識人」とカテゴライズされたベーシストはステージ上ではこの上ないカッコ良さだった。ビッキビキでツッコミ感満載のベース、コーラスではなく叫ぶサイドボーカルスタイルに至っては世界的なカッコ良さだった(実際Bfは海外ツアーなどでも大好評だった)

そんなベーシストとライブ後に話す自分が知っているハードコア話をヒソヒソと話すのが楽しかった「マジっすか、それ」とお互い言い合いながら。仲良くなれた。でもお互いずっと敬語だった。それはお互いを尊重している証でもあったように思う。

そんな彼がBfを脱退すると言う噂を聞き、本人から直接聞いたときはショックで言葉が出なかった。が、バンドは続けていく、とのことでその後もカッコいいベーシストとして活動していた。昨年BfがFEVERに出演した際に
「俺、こんなにカッコいいバンドでベース弾いてたんですね」
と嬉しそうに言っていた笑顔は忘れられない。

ベーシストの名前は岡亨。
今年2012年2月に永眠した。

今これを書いているのは向こうに行ってしまって約一ヶ月経ち、気持ちの整理が出来ているからだ。

お葬式に出席した。お通夜はバンドマンでいっぱいだったそうだ。みんな泣いていた。
でも自分は泣けなかった。
帰り、偶然にもex:KIWIROLL、Thymoのギタリストogと一緒に帰った。ogは俺の話をうんうんと聞いてくれた。
「俺さ、泣けなかったよ。悔し過ぎてさ。」
本当に悔しかった。
おい岡さん、俺まだハードコアネタ、とっておきのやつ話してないし、あんたそんなにまだFEVERでやってないじゃん。ちょっと待ってよ。
そんな気持ちでいっぱいだった。

親しいバンドマンが亡くなるといつも思うことがある。
「もうステージにたてないんだよ。カッコいいライブも見れないし。もったいないよ。」
そしてその後にこう付け足す。
「俺が貴方の分までカッコいいライブ見ておいて、俺が向こうに行ったらそのライブのことを話すから。まぁ待ってて下さいよ。」

岡さんと出会えてよかった。
今もWILD THINGのBパートで岡さんが叫ぶところを聞くと涙腺が緩まるが、そのパートがカッコよすぎるからそこはぐっとこらえて泣かない。
ありがとう岡さん。ゆっくりタバコ吸ってね。

4/29にSHELTERで岡さんがよくやっていた昼の部のイベントがある。
その日は久しぶりにスケボーで下北沢へ遊びに行く。

FEVER:西村等

loading ...

SEARCH