とりとめのなくはない話

Hi-STANDARDを初めて見たのは昔の新宿リキッドルームだった(この辺,前にこ書いたような気がしますが気にせずに)FAT WRECKのイベントでプロパガンディ初来日、だったような...KIDS真っ盛りだった自分はセキュリティをくぐり抜け、ステージダイブをかましてたが何度かやってるうちに飛んだところに人は無く、背中から落ちで強打,息が出来なくなった覚えが(遠い目)そうやって体で覚えて勉強していった。クラウドサーフのやり方、ダイブのかっこいい飛び方、人が飛んできた時のケア(MOSH PITの一体感は世界共通だ)外人一辺倒でメロコアを聞いていた自分がロビーに居た際に聞こえてきたバンドの音がカッコいいな、と思ってフロアに行ったのがハイスタ初体験。既に盛り上がっていた。外人さんにも負けないくらい。GARLIC BOYSも凄い盛り上がりだった。
当時ネットはもちろんなく、ぴあやPARCOなどにあったフリーペーパーでライブハウスの出演バンドをCHECK、同時にレコード屋さんでフライヤーをバカみたいに漁って帰りの電車で(栃木県野木町)隅から隅までチェックした。ライブハウスのスケジュールは教科書さながら赤ペンで気になるバンドにアンダーラインを引きまくった。あれ?Hi-STANDARDがLOFTに出演、ほうほう、行ってみたいな...でもチケットはどこで買うんじゃい?ま、当日行ってみよう...行ってみた。小滝橋通りレコ屋街を抜け初LOFT。
「チケット下さい」
「は?売り切れで当日出ないですよ」
あの時の小滝橋通りのトボトボ感は一生忘れない...
下北沢のLIVE HOUSEで働きだしたのは19歳の時。働いてる人全てが大人に見えたが話してみたら同い年が一人(MINOR LEAGUEのVo/トール)いてびっくりした。凄く大人にみえたから。そのLIVE HOUSEにはハイスタが時々出演していたことは知っていた。知ってるから働きたかった。働いていれば近い将来ライブがあるだろうし、もしかしたら話せたりするかもしれない。当時から将来的に自分でLIVE HOUSEをやりたいとは思っていたが、それ以上にはっきり言ってただのミーハーだった。
思惑通りハイスタはそのLIVE HOUSEでライブもやったし、メンバーとも話せるようになった。が、そこで初めて見た時や話せるようになった流れは正直さっっっっっっっっっっっぱり覚えていない。初めて話した時は相当緊張してただろうし、ライブを見た時は相当嬉しかったハズだ。そこのLIVE HOUSEの店長をやらさせて頂く流れになった際に前店長から紹介されたのだけはうっすら覚えている。
その後、自分はお店の人でハイスタは演奏する人の中で
難波さん:窓口
ケンさん:まとめ役
ツネさん:ナイスキャラ(笑)
というこっち側の勝手な役割分担は覚えている。実際こういう分担が出来ていると色々と仕事がやりやすかったのだ。大好きなバンドや正直思い入れの少ないバンドに対してもきっちり「仕事をする」というのは若いなり(当時23歳)にやってきたつもりだった。ただ、ハイスタに関してはミーハー具合が全然隠せてない自分の事もよく分かっていた。
ハイスタの人気は凄まじかった。「自分たちでやる」としたことも拍車を掛けたように思う。憧れがハイスタに集中した。そんな感じだった。残念だったのは仕事もあったので一度もAIR JAMには行けなかったことだ。今でも悔やんでいる。
かなり省くがハイスタは活動休止、その何年後かに自分は前店を辞めて独立、FEVERが出来た。2009年4月1日KEN BANDはFEVERに出演。実はその時に水道管破裂などでライブは2曲も観れなかったがちょっとだけと覗いた時にMCでFEVERコールが起きた。何故かPIZZA OF DEATHのオフィシャル本に自分のインタビューなどあり(自分が選ばれたのは今でも謎だが実は凄く嬉しかった)2010年7月9日、KENさんはTOURの最終楽章的なLIVEでFEVERを選んでくれた。スタッフに「俺、ファンだから仕事せずにライブ見てるからね」と言い切ってビール吞みながらLIVEを観た。Hi-STANDERDの名曲「STAY GOLD」をやるのは最近のLIVEではあるのは知っていて、思った以上に早くSTAY GOLDは演奏された。この業界で15年とまだまだ短い中、LIVEで涙を流したのは過去数回あった。
今回STAY GOLDで泣いた。いやー泣けた。マジ泣き。気持ちがいっぱいになった。
数曲後、MCの中でFEVERコールが起きた。
笑った。腹の底から笑った。足のつま先から頭のてっぺんまで嬉しかった。

ハイスタがまたやるとかやらないとかは全く分からない。ただ、あの三人の前だと自分はすぐにKIDSの気持ちになってしまい、憧れの目で見てしまう。それと同時にあの三人に自分が認知されている、名前を呼んでくれることだけでも自分にとっては大きな誇りになっている。

loading ...

SEARCH